ネイムレス無名恐怖

こんな映画を観た。
以下の文章は熊本のタウン誌「モコス」に掲載されたものです。

相変わらずのホラー映画ブームです。80年代は、B級映画好きのジージャン野郎の専売特許だった「ホラー」のジャンルに女性ファンが増えたのは、「羊たちの沈黙」(1990年)のアカデミー賞受賞あたりがきっかけと言われています。小説の世界でもホラーがブームだそうで、出版界では「SF」というより「バイオホラー」「テクノホラー」とか銘打ったほうが売れるらしいです。師範代のような「SF者」には、ちと寂しい時代です。
今回ご紹介するのは、そんなホラーブームの中、世界各国の映画祭で数々の賞を受賞したスペイン映画「ネイムレス無名恐怖」です。

物語は、少女の惨殺死体が発見されることから始まります。誘拐され殺害された少女の母親クラウディア。5年後悲しみに沈む彼女のもとに1本の電話が・・・・・・。「ママ、私生きてるの。助けに来て。」母親の必至の捜索は、やがて「ネイムレス」という謎のカルト集団へとつながってゆく・・・・・・。

現代ホラー小説の第一人者「イギリスのスティーブン・キング」と称されるラムゼイ・キャンベルの小説を、緊張感たっぷりの演出で見事に映画化したのは、この作品がデビュー作というジャウマ・バラゲロ監督。この監督には、「人は何を恐ろしいと思うのか?」という深い考察があります。残酷なシーンを直接描かずに、いかに見せないで恐ろしいシーンを創るか、それは観客の頭の中に恐怖を創りあげるということ。「俳句」みたいなものです。よく昔から「幽霊の正体みたり枯れ尾花」といいますが、本当に恐ろしいビジュアルを作り出すのは、人間のイマジネーションそのものなのです。電話の声が重要なモチーフとして使われているこの映画では、想像する恐怖がひたひたと観客にせまってきます。「ネイムレス」の教祖サンティニと主人公クラウディアが対峙するシーンの恐ろしいこと。「羊たちの沈黙」のレクターもビックリです。
スペイン映画界からは、ここ数年、世界的な才能が次々と輩出されています。「アザーズ」で「21世紀のヒッチコック」と絶賛されたアレハンドロ・アメナーバル監督もスペインの出身。「ヴァニラ・スカイ」のペネロペ・クルスや「スパイ・キッズ」のアントニオ・バンデラスもスペインから登場したハリウッド・スターです。このジャウマ・バラゲロ監督も、「ネイムレス」の大ヒットで世界に認められ、次回作は、アカデミー女優アナ・パキン主演のハリウッド映画へ進出だそうです。
「俳句的恐怖映画」こと「ネイムレス無名恐怖」は、「SF者」師範代も納得の完成度高い映画でした。7月27日から六本木の「俳優座シネマ」でロードショーです。