清志郎は死なない!

eigadojo2009-05-03

忌野清志郎が5月2日午前0時51分、亡くなった。がん性リンパ管症、58歳だった。
音楽ファンでこのニュースを悲しまないものはいないだろう。
どこかのアナウンサーが訃報の速報で清志郎の名前を「いまわのせいしろう」と誤読し、現在、猛烈なバッシングにあっているらしいが、そのくらい世代を超えて彼のファンは多い。
日本のロックがまだビジネスとして成立する以前の1960年代から活動をスタートし、21世紀まで、転がり続ける石のようにロックし続けたのが彼の人生だった。
師範代の場合、高校生時代にラジオから流れてきたRCサクセションの「トランジスタラジオ」で脳天をガツンとやられて以来、ずっと彼の音楽を追いかけてきた。
いまの職業についたのも、どこかあの曲の思い出が影響しているのかもしれない。


清志郎の音楽の凄さは、俺が語るまでもないことだが、その歌詞とメロディとボーカルのバランスの独自さだ。
「誰も知らないメロディ、聴いたことのないヒット曲」(トランジスタラジオ)とか
「こんな夜にお前に乗れないなんて」(雨上がりの夜空に)とか
あのメロディと清志郎のボーカルが融合してこそ伝わってくる独自のテイストだ。
それはそれまでの日本には存在しなっかった「ロックな魂」を感じさせる「うた」だった。
だからこそ、清志郎の歌は、彼にしか歌いこなせないし、彼が歌わないと「ロック」な歌にならないのだ。
それまで「歌謡曲」しか知らなかった日本人に、日本語でも「ロック」を歌えるんだよと証明してみせたのが忌野清志郎という偉大な存在だったのだ。
彼の存在の大きさを本当に世間が知るのは、その喪失感の大きさを感じるこれからのことだろう。
それぐらい彼に代わる才能はいまの日本の音楽業界にはいないと言っていい。
ジョン・レノンが死んでも、いまだに多くのファンを感動させているように、清志郎の音楽は、これからも日本のロックの金字塔として、輝き続けるだろう。
忌野清志郎は死なないのだ。


今夜はいろんなテレビやラジオで追悼のコメントや音楽が流されているが、どこもRC時代の曲が多い。
eigadojo.comではあえて、2006年にリリースされ、結果、遺作となってしまったオリジナル・アルバム「夢助」から、この曲を送ります。
歌詞を噛みしめて、聴いてほしいです。まさにこれは、清志郎の遺言とも言える曲。
盟友・仲井戸麗市との共作です。